公認会計士 論文式試験(令和元年) 財務会計論~講評
従来の論文式試験の財務会計論は、第4問は理論だけの出題であったのが、今回は理論と計算を組み合わせた第3問と同様の出題形式となりました。その結果、どうしても時間的制約が厳しくなり、全体として難しくなった印象です。以下、問題毎に確認していきます。
第3問:個別論点
問題1.リース取引の計算の難易度がとりわけ高かったので、それを見極めて、問題2.の減損会計や理論に時間配分できたかがポイントとなりました。
問題1:リース取引
計算は、ファイナンス・リース取引の貸手の会計処理でした。リース物件の貸手の見積現金購入価額と現金販売価額が与えられており、どちらを使うべきか迷ったと思います。しかし、よく資料を見るとリース料総額(+見積残存価額または残価保証額、維持管理費相当額控除後)を唯一与えられた割引率で割り引けば現金販売価額になるため、すぐに選択できたと思います。
3つのリース取引の内、新車Aは当期末でリース期間が終了することに気づけば、まったく計算せずに見積残存価額を棚卸資産に振り返ればいいと分かります。新車Bはリース取引初年度なので、案外簡単にリース債権の金額は求まります。後は正常営業循環基準により全額流動項目とできたかがポイントでした。実は修理用工具のリース取引が一番難しく、リース料が前払と言うこともあり、3回分のリース料支払時の処理を考える必要がありました。
いずれにせよ、第3問~第4問の計算を通じて一番重たい計算問題でしたから、④~⑨の内、半分できていればダメージは最小限にとどめられたと思います。
理論は、土地のリース取引の分類が問われました。短答式試験でも問われたことのある論点です。土地は経済的耐用年数が無限なので「フルペイアウト」を満たさずオペレーティング・リースと推定されること、ただし、所有権移転条項があるか行使が明らかな割安購入選択権があるならば所有権移転ファイナンス・リース取引に該当すること、の2つの知識から答案を作成します。
問題2:減損会計
完答が可能な問題でした。まず計算は、将来キャッシュ・フローの表や「当期の有形固定資産の状況」の表を上手に利用して効率的に解いていきましょう。機械装置Dについて減損の兆候を見落としてしまった方もおられるかもしれませんが、減損を認識しない判定になるので結果として影響は出なかったはずです。
理論も、固定資産の収益性の低下は「蓋然性基準」を採用していることと戻入の可否は必ず関連づけてインプットしてきたはずです。
第4問:個別論点
例年になく計算要素が含まれていましたが、出題の中心は理論問題です。多くは典型論点からの出題でしたから、答案は用意できていたと思います。
問題1:ストック・オプション
計算自体はさほど難しくはありませんでしたが、「従業員の退職による失効見込数をゼロとして会計処理している」との指示から、退職実績をどのタイミングで処理に反映するか迷ってしまった方もいるかもしれません。
理論は、退職に伴うストック・オプション数の変動と条件変更に伴う評価単価の変動で会計処理が異なる理由が問われました。前者は見積りの変更として、後者は条件変更による新たなストック・オプションの付与として処理していると考えることができます。
問題2:純資産の部
問1は、自己株式処分の仕訳と処理の論拠を問われました。「自己株式の性格に照らして」説明する必要があるので、自己株式の性格が資本の控除であることや自己株式処分が新株発行と経済的実態が等しいことに言及すれば良いと分かります。
問2は期末にマイナスのその他資本剰余金を利益剰余金で填補する処理とその論拠が問われました。その他資本剰余金の性格が払込資本であることからマイナスの残高があり得ないことを指摘することができたはずです。解答スペースが大きめなので、期中では処理しないことや資本と利益区分の原則に反しないかと言った関連論点も指摘したくなりますが、期中の資本取引も他にないですし、配点は望み薄な気がします。
問題3:資産除去債務
計算は簡単ですし、理論も典型論点ですから、確実に得点したい問題でした。
問題4:国庫補助金
問1では圧縮記帳の論拠が問われました。圧縮記帳の論拠と言えば「課税の繰延」です。ここでもその答案で良いと思います。ただし、題意が取得原価に注目しているので、実質的な支出が国庫補助金控除後の金額であることを論拠にする答案も考えられます。
問2では繰延収益処理の効果が問われました。表示の観点から圧縮記帳と比較してとあるので、国庫補助金受贈の効果を期間に配分すべきこと、減価償却費を含む投資効率の評価の観点から比較可能性を確保できること等が指摘できます。
第5問:総合問題(連結&組織再編)
会計の実力を測るという意味で、ため息が出るほどの良問です。年度別に様々な論点が散りばめられているので、分からない論点があっても大きく失点しないように配慮されています。実力のある受験生は、ライバルに大きな差を付けることができたでしょうし、合格ライン上にある受験生にとっても、粘り強く解答できれば手応えを感じながら家路につくことができたことでしょう。ここでは、計算の簡単な解説と難易度の判定を行います。
まず、会計士論文式の連結は、3~4割程度の正解率で合格ラインに到達するのが一般的なので、常に、そのことを意識するようにして下さい。
今回は、問1~問5のうち、問3までが計算問題で、問1がX2年度、問2がX3年度、問3がX4年についての設問でした。
問1について
問1は小問8つなので、3~4割の正解率ということであれば、3つということになりますが、問1の難易度からすれば、3つが最低ライン、できれば5つ正解したい問題です。
A社は80%子会社でしたが、X2年度末にA社が新株を発行して持分比率が64%に低下します。B社は持分法適用会社です。論点は、A社の土地と商標権から評価差額が生じ、税効果会計が適用される点です。
①は「無形固定資産」です。個別会計の合計額に、連結上、時価評価した「商標権」から1年分の償却費を控除した金額を加味して計算します。
②は「のれん」です。土地と商標権を時価評価して、税効果会計を適用すると、評価差額が2,700となります。この結果、タイムテーブルに計上するA社の純資産額は8,050となり、連結上の「のれん」は、760(=@9×800-8,050×80%)と計算されます。「のれん」760を1年分償却し、個別会計上把握している「のれん」200を加えると、連結B/Sの「のれん」884となります。やや難しかったです。
③は「関係会社株式」です。B社株式の取得原価に、「負ののれん」を240を加算し、さらに、X1年度のB社利益600の30%を上乗せします。
頑張って、ここまでの①~③は正解したいですね。
あとは、④と⑧を正解できれば、大きなアドバンテージになります。
④は「繰延税金資産」です。個別会計上の合計額2,600から連結上の繰延税金負債750を控除して求めます。土地600と商標権2,400の合計3,000に税率25%を乗じた金額が繰延税金負債750です。商標権3,000から1年分の償却費600を控除するのを忘れなければ正解できました。
⑧は「非支配株主持分」です。X2年度末の段階では、成果連結の要素がないので、A社の純資産をタイム・テーブルに計上できれば正解できるはずです。資本金5,000+利益剰余金3,700+評価差額2,250+評価差額金300=11,250に非支配株主持分36%を乗じて4,050です。評価差額2,250は、④で示した「土地600と商標権2,400の合計3,000」に(1-税率)を乗じて計算します。④が合えば、⑧も正解できたはずです。
問1は、①~③の正解で合格ライン、④、⑧を合わすことができればアドバンテージです。
問2について
X3年度の連結B/S、連結P/L、連結包括利益計算書の作成問題です。ダウン・ストリームで商品売買、アップ・ストリームで土地と建物を売却していますが、当該土地は評価差額の対象とされていました。また、「その他有価証券」を売却していなすが、当該有価証券には評価差額金が計上されていました。
採点対象となっていそうな解答箇所が23箇所あるので、3~4割の正解率ということであれば、8箇所程度の正解で合格ラインに到達しますが、本問の難易度からすると、11箇所の正解が狙えます。
①棚卸資産:個別会計の合計額から未実現利益600×30%を控除するだけです。
②有形固定資産:A社がもともと所有していた土地は、個別会計上2,500ですが、連結会計上は2,600です。また、内部取引から個別会計上生じた建物の売却益500が償却費の調整対象となります。これは少し難しいです。
③無形固定資産:個別会計の合計額に、連結上計上される商標権1,800(2年分償却済)を加えるだけです。
④のれん:問1で把握した「のれん」760に8/10を乗じた金額と個別会計で把握している「のれん」200に9/10を乗じた金額を合計します。個別会計分の計上漏れに注意が必要です。
⑤関連会社株式:B社株式の取得原価に、負ののれん240と2年間の利益剰余金増加額1,800に持分比率30%を乗じた金額を合計して計算します。
⑥売上原価:個別会計の合計額からP社A社間の取引額2,500を控除して、期末商品の未実現利益600×30%を加算して求めます。
⑦一般管理費:個別会計の合計額に、連結上の商標権償却費600を加算し、建物売却益分500に係る減価償却費100(=500÷5年)を控除して求めます。
⑧のれん償却額:問1で把握した760の1/10と個別会計上の200の1/10の合計額になります。
⑨営業外収益:個別会計の合計額から、A社からの配当400×64%とB社からの配当1,200×30%を控除して求めます。
⑩持分法による投資利益:B社の税引後利益2,400×30%です。
⑪法人税、住民税及び事業税:個別会計の合計額(今回はP社分だけ)
問2は以上の11箇所の正解で十分です。
問3について
X4年度期首に、P社が持分法適用会社であるB社に対して、P2事業を譲渡してB社株式を受け取ることで、B社を子会社化しています。解答箇所は8箇所ですが、①~⑤がすごく簡単なので、問3は①~⑤を合わせておけば十分です。
以上になります。