令和2年度 公認会計士論文式試験講評~企業法
企業法について講評していきます。第二問の問題2は典型論点ですが、全体としては難易度が高く、答案作成に時間のかかる出題でした。以下、個別に確認していきます。
第1問:株式
問題1:特定の株主からの自己株式の取得
自己株式の取得手続について、立法趣旨を絡めながら、記述する問題ですが、10行という答案スペースの制約が厳しい問題でした。以下のように展開していきますが、本問では、「A以外の株主からの取得を避けたいと考えている」ということなので、160条が規定する「株主追加請求権」をあらかじめ定款で排除しておく必要があります(164)。
1. 有償で自己株式を取得する。
2. 取得する株式数等一定事項を株主総会で決定する必要がある(156Ⅰ)
3. 本問の場合、特定の株主のみから取得する。
4. 株主平等原則の観点から、株主総会の特別決議が必要となる(309Ⅱ②かっこ書き)。
5. 本問では、A以外の株主からの取得を避けたいと考えている。
6. 他の株主の利益保護のため、株主全員の同意を得て、株主追加請求権を排除する定款の規定が必要となる(164)。
7. 取締役会で一定の事項を決定し(157Ⅰ.Ⅱ)、Aに通知・公告し(158)、Aからの申し込みを受け、自己株式を取得する(159)。
問題2:特定引受人に関する通知・公告なき新株発行の効力
乙会社による募集株式の取得は、支配株主の異動を伴うことから、株主への通知・公告が必要なはずです。この点に気づけば、次のような展開に持ち込めますが、筋道の見えづらい難問でした。
1. 乙株式会社の議決権比率はもともと33%だったが、募集株式の取得によって議決権比率は60%になる。
2. 支配株主の異動を伴う場合には、一定事項の通知・公告が必要となるが(206の2Ⅰ)、本問では、通知・公告を欠いたまま、新株が発行されたため、その効力が問題となる。
3. ここで、新株発行の無効は、訴えによってのみ主張できることとされているが(828Ⅰ②)、新株が発行された後に無効となると、新株主や第三者に不測の損害が生じる可能性があるため、無効原因は重大な法令又は定款違反の場合に限られると考える。はたして、通知・公告を欠くことが重大な瑕疵にあたるといえるかを検討する。
4. もともと、機動的な資金調達を可能とするために、公開会社では、取締役会決議により募集株式の発行等を行うことができる(199Ⅱ、201Ⅰ)。
5. しかし、支配株主の異動を伴う場合には、会社経営に重大な影響を及ぼすことから、支配株主の異動について、株主の意思を問う必要がある。そこで、特定引受人に関する一定の事項を株主に通知・公告させるとともに、株主による反対通知があれば、株主総会による承認決議を要することとされているのである。
6. 通知・公告を欠く新株発行は、このような承認決議の機会を株主から奪うものであることから、重大な法令違反にあたると考える。
7. 従って、株主等の提訴権者が提訴期間内に新株発行の無効の訴えを提起し、無効判決が確定すれば、新株の発行は将来に向かって無効となる(839)とともに、その判決は、対世的効力を有する(838)。
第2問:株主の権利行使
問題1:議案通知請求権
本問の株主提案権である取締役選任の議案通知請求権は、取締役会設置会社では少数株主権とされています(305)が、株主Bが議案通知請求をした日から株主総会の日までに募集株式が発行されたために、株主Bは、行使要件である「議決権の100分の1を有すること」を、募集株式の発行前は充たすが、発行後は満たさない(Aの議決権行使を認めた場合)、という状況が生じています。条文上、「議決権の100分の1を有すること」という行使要件の開始は「6ヶ月前から」とされているものの、いつまで必要かは明文がないので問題となります。
この問題は、結論として是非のどちらもあり得るので、上記の事例分析を丁寧に行って、何が問題(争点)となるのかを指摘できたかが重要でした。以下、議案通知請求を認めない方針で論述の骨格を紹介しますが、結論が逆であっても5.までがしっかり記述できていれば合格答案になると考えられます。
1.株主Bの議案通知請求権が少数株主権である旨と少数株主権の内容を指摘する(305Ⅰ)。①6ヶ月前より②議決権の100分の1以上を保有、③公開会社である丙会社が取締役会設置会社である旨も指摘する(327Ⅰ)。
2.株主Bの議案通知請求の時点において、行使要件を充足している旨を指摘する。①6ヶ月以上前から②議決権の100分の1以上を保有し③株主総会の8週間以上前に請求を行っている。
3.Aに対する募集株式の発行と議決権行使を認めることで、株主総会時点では株主Bが議案通知請求権の行使要件を充たさなくなる点を指摘する。
4.Aに対する募集株式の発行と議決権行使を認めること自体に問題がない点を指摘する。①募集株式の発行に法令・定款違反がなく、著しく不公正な方法でもない、②基準日後に株式取得したAが議決権を行使しても基準日株主の権利を害さない(124Ⅳ)。
5.議案通知請求権の行使要件はいつまで充足されている必要があるか問題提起する。
6.議案通知請求権の行使要件は、株主総会時点でも充足されている必要があるため、議案の要領を招集通知に記載する必要はないとの結論。①株主提案権は、株主が株主総会に積極的に参加し、株主の意思を会社経営に反映することを趣旨とし、②濫用防止の観点から少数株主権としている。③Aへの募集株式の発行が株主Bの株主提案権の行使を妨害する意図でなされたものではない(特段の事情はない)。
問題2:代理人による議決権行使
受験生の誰もが、典型論点として論証例を用意していたと思います。ただし、答案スペースの制限が厳しく、如何に要点を整理して記述できたかが問われました。
1.代理人による議決権行使が認められている旨の指摘(310Ⅰ)。
2.代理人資格を株主に限定する定款規定自体の有効性の検討。①合理的理由がある場合の相当程度の制限は認められる(310Ⅰに反しない)②株主以外の第三者による株主総会の攪乱防止を趣旨とする「代理人資格を株主に限定する定款規定」は合理的理由がある相当程度の制限にあたる。→定款規定自体は有効(結論Ⅰ)。
3.2.の趣旨に反しない限り、株主の議決権行使の機会が事実上奪われる場合には、定款規定の適用は除外されるべき。
4.県職員Dが法人株主の議決権行使の代理人となることは、定款規定の適用外として、Dの株主総会出席を拒絶できない(結論Ⅱ)。①職員Dには組織への服従義務があり、総会攪乱のおそれがなく、②法人株主の使用人の代理行使を否定すると法人株主の議決権行使の機会が不当に奪われる。
以上です。