令和4年公認会計士論文式試験講評~会計学(午前)

令和4年8月20日(土)に実施された論文式 会計学(午前)~ 管理会計論の講評です。
例年通り、30分問題4問という構成です。難易度の高い問題も含まれていますが、簡単な計算問題もちりばめられているので、効率よく得点していけば、難攻不落ということはなかったはずです。ただ、指示の不整合や指示不足、問題構造の不備と思われるような箇所もあって、専門学校の解答速報においても、解答の不一致が生じています。試験中にややストレスを感じる問題でした。
第1問
[問題1]
総合原価計算(安定発生)
[問題2]標準原価計算(理想標準原価)
第2問
[問題1]
財務分析
[問題2]意思決定(セールス・ミックス、設備投資)
第2問の[問題2]意思決定が難しいので、他の3問でしっかり得点しておく必要があります。

予想配点は、計算59点、理論41点で、52点程度は得点しておきたい難易度です。

第1問 

問題1:総合原価計算(安定発生)

計算の解答箇所:9箇所
理論(記述式):2行
理論(穴埋め):5箇所
予想配点:計算18点、理論7点

減損の安定発生を論点とする問題でしたが、問題文では「安定発生」というキーワードが使用されていませんでした。このため、普通の非度外視法で解き始めて、途中で方向転換して、安定発生の場合の非度外視法で解き直した受験生も多かったはずです。
確かに、「減損が加工の進捗に応じて一定率でで発生している」という文言はありましたが、これだけだと、ただの「平均発生」のことだと判断する受験生もいるので、きちんと、「安定発生」と指示するのが作問上のマナーです。

昨年の工程別総合原価計算の問題も、問題文の拙い表現によって、「単価調整を行うべきかどうか。」の判断に迷う出題がありました。
こういったことが繰り返されるのが、管理会計論の本試験問題だと、割り切るほかないのかも知れないです。

余談になりますが、私は受験生の頃、「こういった判断に迷う箇所を本試験会場で試験委員に問い合わせることができるなら、管理会計論は常に満点が取れる。」と思っていました。
ただ、それは叶わない話なので、「論文式本試験では、資料の読み間違えが3箇所(他の科目も含めて)あったとしても合格できるような実力をつけよう。」と心掛けていました。
実際のところ、論文式合格レベルにある人も、平均して3箇所程度の読み間違いはするはずなので、読み間違いや判断ミスにあまり神経質になる必要はありません。

いったん、通常の非度外視法で解き始めて、安定発生の非度外視法に戻った人は時間がかかったかも知れないですが、計算も理論も完答が期待できるので、18点以上は得点しておきたい問題です。

問題2:標準原価計算

計算の解答箇所:5箇所
理論(記述式):12行
理論(穴埋め):6箇所
予想配点:計算9点、理論16点

計算の解答箇所が5箇所しかありません。かなりビビりますが、5箇所のうち、価格差異、賃率差異、異常仕損費は間違えようがありません。数量差異と時間差異を正解できるかは微妙で、専門学校の解答速報でも解答は一致していません。
本問の場合、数量データだけだと、次の4つの解法が考えられるので、HPの解答速報には、①、③、④による差異分析と勘定記入を示しておきました。
①非度外視法の標準原価カードによる解法
②度外視法の標準原価カードによる解法
③差異分析を中心とする解法
④理想標準原価を使用する解法

①~④の4つの解法のうち、どれで解くかは、文字データから判定するわけですが、解答速報(解答・解説PDF/管理 2022 B8)で指摘したとおり、問題文に整合性の取れていない部分があって、萎えてしまいます。

大手3校の解答速報では、①が1校(大原)、④が1校(TAC)、①を本解④を別解としたのが1校(東京CPA)となっており、対応が分かれました。

仮に、問1の問題文にあるように、〔原価会議〕は使わずに、〔資料〕だけで解答するのであれば、〔資料〕の(注)に、「(減損は、)標準原価カードには反映していない。」とあるので、数量差異と時間差異は、④理想標準原価による解法で解答することになります(解答・解説PDF/管理 2022 B8参照)。

一方で、「次の〔資料〕および〔原価会議〕の会話に基づき、以下の問1問6に答えなさい。」という指示に従って解くのであれば、〔原価会議〕異常減損費の計算を指示しているので、①の非度外視法のSCカードの問題として解答することになります(解答・解説PDF/管理 2022 B9参照)。この場合でも〔資料〕に従って、正常減損費を反映させない標準原価カードで完成品を評価するのであれば、正常減損費の金額だけ仕掛品勘定が貸借バランスしなくなり、お手上げになります。

では、試験委員は、どのように考えていたのでしょうか?
真相は藪の中ですが、おそらく、問1は、「(減損は、)標準原価カードには反映していない。」のだから、当然に④の理想標準原価を前提として解答すべきです。そして、問2では、「1%の正常減損発生率を〔資料〕に与えておきました。これを利用して、問1の差異分析や勘定記入とは切り離して、異常減損費の金額も問うておきます。これはサービス問題ですよ。』というのが彼の主張でしょう。
FINでは、試験委員が以上のように考えていると仮定して、解答速報を作成しています。
ただ、既に指摘したとおり、問題文に整合性の取れていない部分がある以上、試験委員がこのような主張を通すことは許されないことですし、受験生は、仕掛品勘定の貸借がバランスすることを前提に、財務諸表項目の評価と差異分析を行うので、異常減損費を差異分析や財務諸表項目の金額と切り離して計算させるのであれば、その旨を指示として与えるべきです。
ということで、①と④の両方を正解としてくれることを期待しましょう。

最後に、私が本試験会場で、この問題をそのまま解いていたとしたら、どのように対応していたかです。
まず、「配点がおそらく4点、最大で6点しかないはずなので、あまり時間をかけずに①か④のどちらで解答するか判断する必要がある。」と考えたはずです。
そして、「作問者は④の理想標準原価を前提とした数量差異と時間差異の計算をさせたいのかも知れないが、受験生の多くは①の非度外視法の標準原価カードで答えているはずだ。」と考え、①で解答していたと思います。つまり、講師の立場だとTACの解答を、受験生の立場だと大原の解答を選択する、ということになります。
本問もスッキリしない問題で、残念です。

計算は、数量差異と時間差異が不正解でも9点中5点は得点できます。理論も問3問4問6は典型論なので差はつきにくい問題で、問5も私が受験時代だった頃からあるような伝統的な論点なので、16点中8点は得点できるはずです。合計13点以上が目標点となります。

第2問 

問題1:財務分析

計算の解答箇所:5箇所
理論(記述式):10行
理論(穴埋め):1箇所
予想配点:計算13点、理論12点

問2のインタレスト・カバレッジ・レシオ、問4設問1の売上債権回転期間、棚卸資産回転期間、仕入債務回転期間の正答は必須です。問5設問1の株式価値の計算も正答しておきたい問題です。
数値だけを計算するこれらの問題は簡単でしたが、自分で計算した数値を使って論述する問1問3問5設問2は難易度が高く、特に、問5設問2連結B/Sを作成する必要があり制限時間を考慮すると、手を出さない方が良い問題でした。
理論のみが問われた問3は比較的書きやすかったはずです。

問1は、①「税引後営業利益に対する投下資本の割合」、②それと比較すべき指標、③2つの指標を比較した結果という3つを解答させる問題です。
①については、分母の平均投下資本と分子の税引後営業利益ともに簡単に計算できるので、正答必須となります。
②の「比較すべき指標」については、大手専門学校3校ともに「加重平均資本コスト」を選択していました。これ以外には考えにくいのですが、「加重平均資本コスト」の計算条件が問5設問1のところに示されているので、問1の段階で、問5の問題文中の資料を利用することになり、解いていて、強い違和感がありました。
③2つの指標を比較した結果については、「加重平均資本コストよりも低い投資利益率の事業分野から撤退し、加重平均資本コストよりも高い投資利益率の事業分野に投資を集中させるべきだ。」と書きたいところですが、答案スペースが限られていたため、「投資効率の良い事業に資源を集中させる。」くらいしか書けなかったかも知れないです。

問2は、動的安全性指標の代表である、インタレスト・カバレッジ・レシオが問われました。直訳すると、「支払利息が事業利益でカバーされている割合」ということで、事業利益を支払利息で割って求めます。正答必須です。

問3は、「国際的に他社との比較可能性が最も高い利益指標」が問われました。いわゆる、EBITDAといわれるもので、翻訳すると、利息と税金と償却費を控除する前の利益ということですが、計算式は統一されていません。そして、統一されていないのは周知の事実なので、これも指示がなければ解答できないません。その結果、大手3校の解答速報でも、1,250百万円としているのが1校、1,070百万円としているのが2校でした。
EBITDAは、企業の収益力を示す指標で、代表的な計算方法は、次の2つです。

EBITDA=税引前利益580 + 支払利息480 + 減価償却費 180 = 1,250百万円(TAC)
EBITDA=営業利益890 + 減価償却費 180 = 1,070百万円(大原、東京CPA)

両者は、EBITDAに「受取利息配当金180」を含めるか否かで異なった金額となっています。企業の収益力を示す指標なので、とりわけ、受取配当は含めるべきだと考えますが、計算式が複数あるので、試験委員がどちらで解答を作成していたかは藪の中です。
本問も、指示不足なので、どちらで解答しても正解になるはずです。

問4
設問1
の売上債権回転期間、棚卸資産回転期間は、専門学校のテキストに収録されている計算公式通りです。仕入債務回転期間については、分母を「1日あたり売上原価」で計算すると、キャッシュ・コンバージョン・サイクルが資料にあたえられている45.6日にならないので、本問では、分母を「1日あたり売上原価」ではなく、「1日あたり仕入高」で計算する必要があります。

設問2の理論は、よく知られた論点です。仕入債務回転期間の分母を売価ベース、分子を原価ベースで計算すると、「計算される指標に、利益率の影響が混入してしまう。」ということです。

問5
設問1
の株式価値については、資料に与えられているB/Sを企業価値や財務分析を行うためのB/Sに変換することさえしていれば、一瞬で解けるので、きちんと学習している受験生にとっては、サービス問題でした。
設問2は、長期的な財務安全性を判定できる指標を2つあげて、B社買収資金を5年で償還する社債で調達したことが財務安全性の指標に与える影響について述べるという設問でした。
2つの指標のうち、一つは「固定長期適合率」で、これは大手3校の解答速報が一致していました。計算結果が1校は異なっていましたが、経営分析の指標も統一されたものではないので、ある程度のブレは生じがちです。
もう一つの指標については解答が分かれていて、「固定比率」としているのが2校、「自己資本比率」としているのが1校でした。「固定長期適合率」と「固定比率」はよく似た指標なので、FINでは「自己資本比率」を選択しています。「自己資本比率」を選択した方が理論も論述しやすい印象です。

ただ、「固定長期適合率」、「固定比率」、「自己資本比率」のいずれを計算するにしても、連結B/Sを作成する必要があるので、計算は捨てて、指標だけで解答しておけば良い問題です。

計算だけが問われている問2の数値、問4問5設問1への配点予想は13点で、いずれも易しいので、9点以上得点しておきたいところです。逆に、理論と計算の融合問題である問1問3問5設問2は難易度が高いので、8点中2点程度で構いません。あとは、問2の名称である「インタレスト・カバレッジ・レシオ」と問4設問2の理論は簡単なので、3点中2点ほしいところです。そうすると、合計13点以上が目標点となります。

問題2:意思決定(セールス・ミックスと設備投資)

計算の解答箇所:11箇所
理論(記述式):4行
理論(穴埋め):4箇所
予想配点:計算19点、理論6点

論文式の管理会計論は30分問題×4問ですが、ここまでの3問は作問上の瑕疵があり、解いていてストレスを感じる問題でした。それに対して、本問は、時間がたっぷりと与えられるのであれば、気持ちよく解くことのできる問題です。
問1は、[イ]の穴が埋まらないと、問2以降も含め、計算が壊滅状態となり、予想配点6点の理論に縋るしかない、という厳しい状況に追い込まれることになります。逆に、[イ]が埋まれば、芋づる式に問1の全ての穴が埋まります。
問2は、問1の[ウ]と「オ」の差額なので、問1が正答できていることが絶対条件になります。
問3の理論は、「固定費の変動費化」という典型論点です。
問4は、本試験会場で作文するような問題ですが、白紙答案でも大丈夫です。
問5は、年々の正味現金流入額=税引後利益+減価償却費が成立しない問題パターンなので、やや難易度が高いです。白紙答案でも大丈夫です。

問1は、数値の穴埋めですが、パズルみたいになっていて、最近の出題傾向でもあるので、過去問で何問か同様の問題を経験していれば対応できたはずです。逆に、この手の過去問を解いたことのない受験生は、苦労したと思います。以下、ポイントだけ示しておきます。
[ア]売上総利益率9%から直接材料費を逆算します。
[ウ]1MHあたり売上高の大きい製品Aを優先する最適セールス・ミックスを求め、CVP図表を利用して、安全余裕率16%からひねり出します。
[イ][ウ]で求めた売上高最大化セールス・ミックスでの製品Bの変動費総額を計算して、単位あたり直接材料費を逆算します。
[エ]1MHあたり貢献利益の大きい製品Bを優先する最適セールス・ミックスを求め、その時の製品Bの機械時間を算定します。
[オ][エ]で求めた利益最大化セールス・ミックスでの全社営業利益を求めます。
[カ]安全余裕率は経営レバレッジ係数の逆数なので、営業利益を貢献利益で割れば求めることができます。

問2では、「機会損失」の用語と金額が問われました。
機会損失と機会原価は、厳密には異なる概念です。ややこしいので、整理してみましょう。なお、固定費は埋没原価なので考慮すべきものではありませんが、簡単化のために、本問の営業利益を用いた例で示しておきます。A案とB案は相互排他的な案です。
(A案)売上高最大化のセールス・ミックスのもとで得られる営業利益 24,000,000円 ・・・ 問1[ウ]の金額
(B案)貢献利益最大化のセールス・ミックスのもとで得られる営業利益 42,000,000円 ・・・ 問1[オ]の金額

(A案を選択した方がいくら有利か?)
Ⅰ. A案を採用した場合に得られる利益 24,000,000円
Ⅱ. A案を採用した場合にあきらめる利益 42,000,000円 ← 他の代替案(B案)を採用した場合に得られる利益(=機会原価)
Ⅲ. A案を選択した方が幾ら有利か? △18,000,000円 ← この差額損失のことを「機会損失」といいます。

(B案を選択した方がいくら有利か?)
Ⅰ. B案を採用した場合に得られる利益 42,000,000円
Ⅱ. B案を採用した場合にあきらめる利益 24,000,000円 ← 他の代替案(A案)を採用した場合に得られる利益(=機会原価)
Ⅲ. B案を選択した方が幾ら有利か? 18,000,000円 ← この差額利益のことを「機会利益」とは呼びません。
こんな感じで、ユルく理解できてきていれば、O.Kな論点です。

問3
は、過去に何度も問われている、固定費の変動費化の論点です。
赤字のリスクを小さくする施策 → 売上高が減少しても、営業利益が大きくはマイナスにならない原価構造 → 固定費の変動費化、といった思考径路になります。

問4
は、自社ブランドの確立を図るための施策の良否をどのように判断すべきか、ということで、事前に準備しておくのは難しく、試験会場で考えさせる問題です。
ブランドの確立 → 広告宣伝費をかけたブランドイメージによるプレミアム価格 → 高い貢献利益率、といった思考径路です。


問5
は、正味現在価値法による設備投資の経済計算です。難易度も高いですし、ほとんどの受験生は時間的にここまではたどり着けなかったはずなので、白紙答案で構いません。
過去に購入した材料を当期に消費しても、当期にキャッシュ・アウトはありませんが、当期の材料費や売上原価には計上されるので、税金の計算には影響します。解法は色々とありそうですが、「税引後営業利益+減価償却費を計算してから、キャッシュ・アウトを伴わない材料費について調整する。」というスタンスで解答速報の解説を作成しています。具体的な計算は、解答解説を参考にして下さい。

計算は、問1の[ア]と[ウ]のみ正解で4点/19点、あとは、問3問4の理論を丁寧に論述して2点/4点、合計6点/25点程度しか得点できなかった受験生も多かったはずです。本問がほとんどできていなくても、比較的易しかった他の30分問題が、しっかり得点できていれば、全体で52点程度は得点できます。