令和2年度公認会計士第Ⅱ回短答式試験~講評~財務会計論
今回の財務会計論の特徴は、個別論点の理論問題が少なめ、総合問題の難易度が高いという点でした。理論問題が少ないとどうしても時間的制約が厳しくなるうえ、商品有高帳(問題4)、S/S(問題8)、キャッシュ・フロー計算書(問題11)のような、そう難しくはないけれど手間の掛かる問題が多く、総合問題をばっさり切り捨てるのも勇気がいる・・・という精神的に厳しい出題であった印象です。
以下、誤っている記述を中心に個別に確認していきます。
問題1:財務会計の基礎概念***
資産負債アプローチと収益費用アプローチからの出題でした。「財務会計の概念フレームワーク」が資産負債アプローチを多分に意識した内容となっているので、資産負債アプローチの考え方かどうかは「財務会計の概念フレームワーク」を指針として判断すると正誤が判定しやすかったでしょう。
ウ.研究開発費等の論点としても確認しているとおり、研究開発費の資産計上は、その成果の獲得の蓋然性が問題となります。
エ.収益費用アプローチによると、除去時の支出は資産の使用に応じて費用計上し、それに見合うだけの引当金が計上されることになります。資産除去債務は将来の除去時の支払義務を負債計上する、という資産負債アプローチの考え方を基礎としています。デリバティブの正味の債権債務の計上も、資産負債を公正価値で積極的に評価しようとする資産負債アプローチに基づくものです。
問題2:収益認識に関する会計基準***
収益認識基準が正面から出題されました。抽象的で難しい内容ですが、用語の定義や要件と言った導入部分から多く出題されたので、対策していた受験生も多かったはずです。
ア.記述の内容から前受金がイメージできれば、契約資産ではなく契約負債と誤りが判断できたでしょう。
イ.契約の識別の要件5つの内の1つ、「対価を回収する可能性の高さ」が求められます。
問題3:当座勘定、貸倒引当金、社債の償還、外貨建取引***
4つの会計事象につき会計処理が求められました。どれも簡単な計算です。
問題4:棚卸資産***
会計士試験では珍しい、商品有高帳を記入して期末残高を求める計算問題でした。多少手間は掛かりますが、〔資料〕の商品有高帳に必要な数値を記入して要領よく計算できれば確実に得点できたと思います。
問題5:棚卸資産**
棚卸資産の期末評価の問題です。収益性の低下と内部利益の控除の論点が含まれています。管理会計論で取り上げている「有償支給外注加工」と類似の問題ですので、半製品や製品に含まれている材料Aの個数さえ間違えなければ解けたと思いますが、会計士試験では珍しい出題ですし、対策もしていなかったでしょうから間違えてしまったかもしれません。
問題6:賃貸等不動産*
賃貸等不動産の時価の開示に関する問題です。この分野からおそらく初めての計算問題の出題です。遊休不動産も開示対象である、連結財務諸表なので子会社の使用は賃貸にならない、といった点がポイントでした。できなくても問題なしです。
問題7:引当金***
ウ.の株主優待制度については、対策していないと思いますが、アイエの正誤判定が容易なので正答できたと思います。
イ.評価性引当金も引当金の4要件の充足が求められます。
エ.工事損失引当金は、将来の損失の発生が見込まれた期に計上します。
問題8:株主資本等変動計算書***
〔資料Ⅱ〕の取引について正しく仕訳して、〔資料Ⅰ〕に要領よく記入していければ正答できる問題です。手間は掛かりますが、会計処理自体は難しくありません。
問題9:収益認識に関する会計基準**
セット販売の値引きの処理です。適用指針の設例にある会計処理なので、対策していた受験生も多いと思います。一度類題を解いたことがあれば、迷わず解けたでしょうし、他に解きようもないともいえます。しかし、類題を解いたことがなければ難しかったかもしれません。
問題10:負債**
ア.の退職給付に係る負債については容易に正誤判断できたと思いますが、イウエの役員賞与・役員の退職慰労金は難しいと思います。
ウ.役員賞与は役員報酬同様に職務執行の対価として取り扱います。
エ.役員の退職慰労金も、お手盛りの危険性がなく、引当金の要件を充足するならば引当金として計上します。
問題11:キャッシュ・フロー計算書*
直接法なので、現金基準による「営業収入」、「商品仕入支出」を計算します。
外貨建ての売掛金の取扱いが要注意で、「邦貨建てで幾ら入金がったのか」、また「売上高計上額のうち、邦貨建てで幾ら未回収となっているのか」を計算対象とします。家で落ち着いて解けば、正答できるレベルの問題ですが、本試験では、資料の整理に手間取った受験生も多かったと思います。
問題12:貸倒引当金***
一般債権に対する貸倒引当金を貸倒実績率を算定して引当てます。貸倒実績率の算定方法も指示されているので、年度さえ取り違えなければ正しく計算できたのではないでしょうか。
問題13:ストック・オプション***
ア.典型論点の、公正な評価単価の変動を伴う条件変更についての非対称的な取り扱いからの出題です。会計処理でも練習していると思いますが、評価単価が付与日の単価を上回る場合に追加的な費用計上を行います。
ウ.有償新株予約権の処理は対策外の方が多いと思います。通常の無償支給の場合と同様にサービスの取得に応じて費用計上します。
ウの正誤が判定できなくとも、アイエで正答できたでしょう。
問題14:ファイナンス・リース取引***
貸手の会計処理が問われました。3通りの処理がありますが、求められた「リース投資資産」の残高は、いずれの処理でも同額ですから、得意な処理で計算することができました。
問題15:退職給付に関する会計基準**
イ.割引率の選択の理論です。記述にある「一定期間の利回りの変動を考慮して決定する」方法は、過去の改訂により廃止されました。
ウ.これも割引率の選択の理論です。「退職給付の支払見込期間及び支払見込期間ごとの金額を反映した単一の加重平均割引率を使用する方法」も可能です。細かいですね。
アエの記述の正しさが明白なので、できれば正答したい問題です。
問題16:退職給付会計***
未認識数理計算上の差異が問われました。計算構造を理解して、年金資産と退職給付債務のそれぞれについて、増減要因を把握しながら処理することができるか、差異の貸借を取り違えなかったか、がポイントでした。
問題17:連結税効果会計*
連結会計を適用し、子会社の利益剰余金増加額を取り込んでいますが、「全株式の売却が決議されたので、これに税効果会計を導入する。」という道筋が分かれば簡単な問題ですが、初見の方も多く、道筋が見えずに手をつけなかった受験生も多いはずです。
問題18:連結範囲**
連結対象子会社の選択問題です。計算問題ではあまり必要のない細かな知識が要求されるので、難しかったと思います。A社~C社が連結範囲となることは判断できて欲しいところですし、この3社が含まれる選択肢は1つなので、実は、D社~F社の判断ができなくても正答できました。
問題19:減損会計***
ア.「市場価格の著しい下落」減損の兆候の1つにすぎません。
ウ.収益性の低下を表す減損損失は、超過収益力であるのれんに優先的に配分します。
確実に得点したい問題です。
問題20:為替換算調整勘定**
計算量は多いですが、どこの専門学校のテキストにも載っているような問題です。普段の努力が反映される良問で、短答式試験は、こういう問題を確実に正答できる受験生から合格していく試験です。
問題21:合併*
企業結合、事業分離は、様々な計算パターンをテキストで取り扱っていますが、本問と全く同じパターンは取り扱っていませんでした。
全ての計算パターンを網羅することはできないところですが、類題を解いておくことで、「合併前後で、連結F/Sはほぼ変化しないはず」であることも、「合併前後で、非支配株主持分は変化する」ことも、「その非支配株主持分は、同額の資本剰余金を利用して変動させる」ことも見えてくるようになります。
他の専門学校でも、BランクかCランクとしているので、正答できなくても合否にはあまり影響しない問題です。
問題22:企業結合および事業分離**
イ.企業結合の取得原価の算定において、合意公表日ではなく企業結合日の株価が基礎となります。
エ.子会社株式の追加取得では、追加取得持分と追加投資額との間に生じた差額は、資本剰余金となります。
ア.の事業分離の移転損益の認識の是非等は、場合分けも多いので受験上スルーでもいいと思いますが、イウエでなんとか正答したい問題です。
問題23~28:総合問題
親会社であるP社は、子会社S1社から材料を仕入れ、これに加工作業を施して、完成品を子会社S2へ販売しています。
子会社に販売する製品Aには、P社が付加した内部利益の他に、S1社が材料に付加した内部利益も含まれています。前者はダウンストリームで、後者はアップストリームで処理する必要があります。
論点はこれだけです。知らない仕訳、難しい仕訳は一つもありません。
それでも、未実現利益の連結修正仕訳の処理量が多かったため、平均的な受験生は、正確に金額の集計ができず、連鎖的に、問題24、25、26、28を失うことになったはずです。
ただ、計算処理能力の高い受験生であれば、全問正解できた問題です。
連結の総合問題としては、これくらいの難易度、計算量の問題がスタンダードになります。
今回できなかった受験生は、繰り返し解いて、計算処理能力の高い受験生を目指して下さい。