令和5年公認会計士論文式試験講評~会計学(午前)

令和5年8月19日(土)に実施された論文式 会計学(午前)~ 管理会計論の講評です。
例年通り、30分問題4問という構成です。
1問目が極端に平易で、残りの3問は、難攻不落というわけではありませんが、管理会計論の総合問題を解き慣れていないと、得点が伸びなかったかもしれません。また、大きな特徴として、理論は計算絡みのものが多く、純粋な理論問題が少なかったです。最初の問題以外は、作問にかなりの時間をかけたことがうかがえる「練られた良問」という印象です。標準原価差異の会計処理は、続けて出題されるような論点ではないと思いますが、第2問の2つの問題は復習用問題として活用して下さい。
第1問
[問題1]
組別総合原価計算 + 製造間接費の実際配賦と予定配賦
[問題2]標準原価差異の会計処理 ~ 多額の場合(工程別、複数材料)
第2問
[問題1]
最適セールス・ミックス、ABC
[問題2]事業部制組織の管理会計

第1問 

問題1:組別総合原価計算 + 製造間接費の実際配賦と予定配賦

計算の解答箇所:10箇所
理論(記述式):2行
理論(穴埋め):12箇所
予想配点:計算13点、理論12点

本年度の本試験問題で、唯一の易しい問題です。計算は日商2級の内容なので、短時間で正答して、時間と点数を稼ぐことが要求されます。本問を20分程度で終わらせることができていれば、残りの3問へ10分を回すことができます。電卓ミスなく、一発で解答できるよう、易しい問題こそ、集中して取り組む必要があります。

「継続製造指図書」というワードは、書けなかった受験生も多いと思います。それ以外は完答が求められる問題です。

本問での計算ミスは許容できないので、計算は全問正答の13点、理論も「継続製造指図書」以外は正答してほしいので、計算と理論の合計で22点以上は得点しておきたい問題です。

問題2:標準原価計算

計算の解答箇所:10箇所
理論(記述式):3行
理論(穴埋め):2箇所
予想配点:計算20点、理論5点

理論は1問だけで、解答スペースはたった3行です。理論に逃げることができない計算中心の出題なので、覚悟を決め、計算に没頭です。うまくはまれば、全部正答できる問題です。

標準原価差異の会計処理については、過去問間で整合性のとれていない分野です。
少し、整理をしておきます。
[~2011]
まず2008年の短答式試験では、多額の場合の標準原価差異の会計処理が問われていますが、本問の正解は、当時の通説通りです。
①材料受入差異を期末材料と払出分へ数量基準で配分し、②払出分に配分された金額とその他の標準原価差異を合算し、③合算した金額を売上原価と期末製品、期末仕掛品の3者に金額基準で配分します。当時は、材料費の差異と加工費の差異を合算して、金額基準で3者配分という大雑把な処理でよかったわけです。

[2011~2015]
次に、2011年第2回の短答式試験で、実際原価計算での受入価格差異の会計処理が問われました。原価計算基準に従って処理する、という指示でした。原価差異は多額ではなかったので、これまでであれば、期末材料分と払出分とに配分し、払出分は他の原価差異と合算して売上原価に賦課という処理です。しかし、本問では、払出分の価格差異を他の差異と合算せずに、売上原価と期末製品、期末仕掛品の3者に数量基準で配分する必要がありました。かつては「払出分の価格差異は売上原価にのみ賦課」だったのに、本問では「数量基準による3者配分」ということで、全く異なる会計処理になります。何の前触れもなく突然の変更ということで、驚愕した記憶があります。明らかに出題した試験委員の勉強不足なのですが、過去問は判例のようなものなので、本問が大きな転機となるはずでした。

[2015~2023]
そして、さらに驚愕の問題が出題されます。
2015年第1回の短答式試験で、「受入価格差異あり、多額の標準原価差異が生じている場合」の会計処理が問われました。
期末材料を実際価格で評価して、あとは、今回の2023年論文式本試験のように会計処理したり、かつての通説の方法で解いてみたり、いろいろと試してみても、選択肢の金額にはならず、残念ながら「解なし」の没問ということが後日公表されました。

本来であれば、すぐあとに、没問となった問題と同条件の設定で出題されるべきですが、その後、我々は放置されてしまいます。

[2023~]
本問では、多額の標準原価差異の「原価計算基準」に従った処理が誘導問題として出題されましたので、今後も同条件で出題された場合には、本問と同じようにして解いて下さい。

多額の場合の会計処理ですが、材料費と加工費の差異を別々に、数量基準で、売上原価、期末製品、期末仕掛品の3者に追加配賦します。なお、本問では、価格差異の一部を数量差異を経由して、売上原価、期末製品、期末仕掛品の3者に追加配賦していますが、数量差異を経由させずに計算しても、計算結果は変わらないので、問題によって使い分けるようにして下さい。

計算は、誘導問題なので、資料に与えられていた計算表の意味さえ理解できれば、完答が狙えます。
問1の原価標準の金額は正答必須で、残りも過半数は合わせてほしいところです。計算と穴埋めで過半数正解できている自信があれば、理論は白紙のまま、第2問に移行して大丈夫です。
合計12点以上が目標点となります。

第2問 

問題1:最適セールス・ミックス、ABC

計算の解答箇所:6箇所
理論(記述式):8行(数値例を用いての説明)
予想配点:計算18点、理論7点

理論は数値例を用いて説明する必要があったので、純粋な理論問題はゼロです。理論で問われた内容も未利用のキャパシティコストや差額分析といった難易度の高い論点です。
計算の解答箇所は6箇所ですが、最初の問1は正答しておきたいです。問2設問1で、販売価格が割りきれなかったので、戦意喪失した受験生が大半だったと思います。単位原価が割り切れないのはやや慣れていますが、会計士の問題は割り切れることが多いので、販売価格が割りきれないというのは、受験生にとって残酷な出題だった印象です。

問1  最適セールス・ミックス
共通する制約条件は機械時間のみなので、1機械時間あたり貢献利益の最大の製品から優先して販売する方針です。個別固定費がある点に留意する必要がありますが、本問の場合、3種類の製品とも生産販売するので、3種類の製品の個別固定費がすべて発生します。このため、セールス・ミックスの決定にあたって、個別固定費は共通固定費と同じく、埋没原価となります。

問2
設問1  販売価格の決定と営業利益の計算
活動原価の配賦方法については、「活動原価のうち利用原価のみを配賦する方法」を採用して販売単価を設定する、ということなので、活動原価の予定額を最大可能量で割って、予定配賦と同様の計算手続で製品別の活動原価を計算することになります。

設問2  未利用のキャパシティ・コスト
未利用のキャパシティ・コストは「不利な操業度差異」のイメージです。これを製品の販売価格に上乗せすると、不利な操業度差異が生じているということは、「予定よりも生産販売量の少ない時期」ということです。「こういった時期に、コストプラス法により高い価格設定を行うと、ますます販売量が減少する。」という論点ですが、やや難易度が高いので書けなくても大丈夫です。

設問3  差額原価収益分析
難しく感じたかもしれません。解答解説のPDFで示した青の長方形よりも赤の長方形の面積が大きくなればよいので、このように考えれば、結構簡単です。

問1の最適セールス・ミックスのもとでの営業利益の計算は正答必須です。
問2設問1は、難しくはないのですが、各製品の販売価格が割りきれないので、先に進めなくなったと思います。本問による教訓は、「本試験では、販売価格が割りきれなくても次の設問に移る強いメンタルが必要」ということです。問1に7点の配点をおきました。

合計7点以上が目標点となります。

問題2:事業部制組織の管理会計

計算の解答箇所:7箇所
理論(記述式):13行(計算例を用いた理論が10行)
理論(穴埋め):1箇所
予想配点:計算16点、理論9点

事業部制組織の管理会計は、論文式試験における頻出論点です。本問は、その中でも、奇をてらうような論点が含まれていない、よく練られた良問です。

問1
内部振替を行っても変動販売費が発生しない場合、販売価格に変動販売費分を上乗せする必要ははありません。従って、この場合の内部振替価格は、外部販売価格@1,600千円/個から変動販売費@200千円/個を控除した @1,400千円/個となります。このような内部振替価格は、修正市価、差引市価などと呼ばれます。問2から、設定がさらに複雑化するので、問1設問1設問4は正答しておきたいところです。

問2
設問1
計算の小問5つから構成されています。一つ目の計算のための新プロジェクト採用後の事業部別P/Lが作成できないと、以下全滅ということになります。X事業部では部品Aを外部へ1,500個、Y事業部へ5,500個販売します。Y事業部では製品Bと製品Cを外部販売します。その上で、各事業部で発生するコストを慎重に集計すれば、新プロジェクト採用後の各事業部のP/Lが作成できます。これで、イの10.53%は算定できますが、あと何問を正答できるかは、普段の管理会計論の答練の成績に比例するはずです。受験生の熟練度に正答数が比例するというのは良質な問題です。

設問2

プロジェクト立ち上げ時の利益が少ないプロジェクトは、たとえ長期的には採用すべきプロジェクトであっても、単年度のROIによる業績評価では、「採用すべきではない。」という誤った判定が下される可能性があります。しかし、ここまでで算定した数値では、この問題点を指摘することができないので、本問では、「単年度の」ROIの問題点が問われているのではなく、単に、「ROIの部分最適化問題が問われている。」と想定して、解答してください。

設問3
問題文にある「この方法」では、内部振替価格の設定に本部が介入し、修正市価よりも高い振替価格を設定することで、X事業部がY事業部に部品Aを供給するように誘導しています。本来、事業部制組織は、各事業部の利益最大化行動が全社利益の最大化に自動誘導されるように設計されるべきです。従って、本部の介入が必要である「この方法」は、事業部制組織にとって望ましいものではない点を指摘しました。難易度の高い理論問題ですが、事業部制組織の管理会計についてしっかりと学習している受験生だと書けたかもしれないです。

設問4
残余利益の割引現在価値合計が正味現在価値と等しくなる、という論点です。正味現在価値法が最強の判断基準だといわれているので、各年度の残余利益に対して長期的な割引計算を行うと、その合計額が正味現在価値と一致するということであれば、残余利益もまた強力な判断基準といえます。EVAは一種の残余利益なので、EVAについても同様の理論展開が可能です。
ただ、本問の場合、具体的な数値の算定に時間がかかるので、数値例を除いた答案を作成し、部分点を狙いに行くのが精一杯だったと思います。

本問も得点は伸びなかったはずです。問1で7点、問2で2点、合計9点を目標点とします。

以上から、第1問 34点、第2問 16点で合計 50点が目標点になります。
最初の1問で22点、あとの3問で28点が目標ということになりますが、現実には、「あとの3問で28点を獲得するのは厳しい。」と感じるくらい、今年の管理会計論は難しかったですね。